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あけましておめでとうございます 2026

ブラス社員及びブログ読者のみなさん

「あけましておめでとうございます。
みなさん、いいお正月を過ごしましたか」

僕は毎年のルーティン通りに過ごした。

子供と共に妻の実家でまったりとして
翌日は僕の実家で父母と弟家族と夕食を共にする。

昼間は箱根駅伝の中継を見ながら
ちょこちょこ年賀状を書く

そして4日は二号店のオランジュベールで
仕事始めだ。

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今年は午年。

馬なのに何で「午」って書くの・・・。

そんな疑問もありながら
今年は60年の一度の「丙午」(ひのえうま)の年でもある。

賢明な読者の方なら気づいたと思う。

「おっと社長さん、年男ですね」

「ハイ、そうなんです。しかも僕は1966年生まれだから
60年ぶりの丙午の年男というダブル受賞?なんです!」

調べると「丙午」については諸説あって
読んでいて面白いのだが

「この年に生まれた女性は気性が激しく
7人の夫を食い殺す」

そんな恐ろしい迷信まであるのだ。

そして事実として1966年生まれの子供は少ない。

「よくぞ産んでくれました、お母さん
しかも男の子を」(笑)

こうなると2026年は僕の人生のおいて
節目の年になることはもう間違いない。

ブラスによるファンファーレは
すでに鳴り響いている。

「やってやろうじゃないか!」

僕の還暦イヤーは周りのみなさんのお陰で
希望に満ち溢れてます。 

大晦日の夜に 2025

今年も三人の子供と妻と僕の家族5人で沖縄にいる。

ブラス社員から
「年末年始は毎年家族旅行してていいですね」
そう言われてうれしいし
「ま、子供の頃から年末年始の恒例行事にすることが
長年続く秘訣だよ」
と、小さなアドバイスをしている。

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「そろいの服を用意するのもおススメだよ」

が、しかし、長男34歳で長女32歳で
次女も30歳とくればそろそろ

「孫の顔が見たいんです」

「それはパパ、孫ハラだよ」

そんな会話をすることも大晦日ならではだ。

なので今年もまた
僕の座右の銘ともいうべきことわざを書くしかない。

「人間万事塞翁が馬」

自分がした選択が良いか悪いかなど
時が経たなきゃわからないよ。

「ならば自分のすることを愛しましょう」

人生は偶然の出会いを元に積み上げていき
その縁をつなぐことで
自分でも想像できないことが起きるもの。

それもこれも不思議な運が運んでくれるなら
そのすべてを受け入れて進むしかない。

そんなこんなで今年も紅白歌合戦を観ながら
ほろ酔いでラストブログを書いている。

マチャアキの「さらば恋人」と
変わらぬ「西遊記」のパフォーマンスに歓喜し
ドミノとけん玉の成功にホッとした。

後半はアンパンマンのやなせ先生の

「人生は喜ばせゴッコ」

そんな言葉に勇気づけられた。

さらにAKBレジェンドメンバーの
懐かしいパフォーマンスを子供と共に楽しんだ。

37年ぶりに岩崎宏美が歌うことで

「長く愛する歌を歌い続けること」

それは企業経営にも通じると学ぶ。

そしてとうとう76歳にして
現役バリバリのロックンローラーであり
日本が誇るスーパーレジェンドの
矢沢永ちゃんが登場した。

「涙なくして見れないでしょ!」

涙が乾かぬうちに子供の頃に好きになり
初めてレコードを母にねだって買ってもらい
長島温泉のコンサートにも行った
郷ひろみ70歳の登場に再び涙する。

久保田利伸からパフュームのラストステージ
高橋真梨子76歳の歌に酔い
布施明の圧巻の「マイウェイ」だ。

「ここ数年で、紅白は日本の宝になったナ」

広島から長崎。

紅白で平和を願う雅治の心意気に
日本男児の誇りを感じた。

「ブラス」をフランス語に訳すと「ファンファーレ」

玉置浩二が熱唱する「ファンファーレ」を共に歌い

「よっしゃ、絆をつないで来年もやったるぞ」

苦楽を共にしてきたブラスメンバーと共に
結婚式を愛し愛され、決してあきらめることなく
いい結婚式をつくり続けることを誓った。

「来年も絶滅寸前の社長ブログを書き続ける
河合達明ブログをよろしくお願いします」

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「みなさん良いお年を」って
日本らしいいい言葉ですね!

PS.
僕は永遠の薬師丸ひろ子推しだけど
僕らの世代のアイドルの聖子ちゃんの
歌声を聞けて幸せな大晦日になりました。

夏の想い出 2025

思い返すと今年の夏は少し焦りがあった。

それは50代最後の夏という意識があったからだ。

「寝る間を惜しんで働き遊ぶわけにはいかないが
できる限りやれることをやったろう」

そんな意気込みがあった。

社員の結婚式がたくさんあり、慰安旅行が三回あり
その他もろもろをがあるから我ながら

「よくそこまで予定入れますね、社長さん」

と、自分にツッコミを入れるほどの勢いで
夏に突入したのだ。

そんな暑くて長かった2025年の夏の想い出を
自らの老後(僕に限っては老後はないと思いますが)の
楽しみのために書き記したい。

もう何十年も続いている
EOフォーラム仲間との今年の旅行の行き先は
「北海道の道東」

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「この牛乳は人生最高に美味い!」

ここに僕らを連れてきたのは
北海道の中標津で生まれ育って
今は故郷の為にひと肌もふた肌も脱いでいる仲間だ。

彼いわく

「道東こそが北海道です!」

札幌や小樽じゃなくて、北海道の神髄は道東にあり。

そう主張する友が案内してくれる旅は格別だ。

ずいぶん久しぶりに訪れた知床の夕日の美しさに感動し
クマを恐れつつも散策を楽しむ。

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この時期の屈斜路湖は様々な楽しみ方がある。

このエリアで結婚式とパーティーをしたいカップルが
多くいることも納得だ。

「屋外での結婚式とパーティーをすることの大変さは
重々承知してますが
いつかはチャレンジしたい分野ですね〜」

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「僕とベアーの還暦をサプライズで祝ってくれたことも
この夏のいい想い出です」

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ここは「隠岐の島」

多くのみなさんが勘違いをしているし
僕も調べるまであやふやだった。

「みなさん、隠岐の島がどこにあるか知ってますか」

島への行き方はいろいろあれど
隠岐の島には四つの島がありフェリーで結んでいて
それぞれの島に特徴がある。

「後鳥羽上皇や後醍醐天皇が流された島」

なんてことを歴史の授業で習ったことを思い出しつつ
散策すると今も宮内庁管理の神社があることに驚く。

たぶん古代から変わっていないであろう
山々の風景も見ごたえありだ。

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愛知県の中心部にある名城公園に
「IGアリーナ」が完成した!

「ハコが好き」な僕はこのアリーナの素晴らしさを
とうとうと語りたいのだがそれは置いといて
日本が誇るスーパースター
井上尚弥の世界タイトルマッチを
リングサイドで観戦することができた。

大げさではなく世界最高のボクサーを
世界最高のアリーナで観戦できたことは幸せだ。

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ここはベルギーの首都ブリュッセル。

なぜベルギーと言われても困る。

「娘とどこに行こうかと話していて
何となくベルギーになったのよね〜」

そう、旅に出るのに理由はいらないのだ。

なのでブラス社員には

「休みを取るのに理由はいらんから、書かなくていいよ」

と、ずっと言い続けている。

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「9月中旬なのに、こんなに寒いとは」

適当に女性もののコートを買い
なんとか寒さをしのぎつつ訪れた街は「ブルージュ」

ブリュッセルから列車で30分にある観光地だ。

若い頃にドイツで長く働いていたブラスの東監査役から
「ブルージュは絶対に行ってください」
と強く言われていた。

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「魅力あふれる街だわ〜」

ブリュージュは「北のヴェネチア」と呼ばれているだけあり
中世の街並みと水路が現存している美しい都市だ。

水路を30人乗りのボートで一時間ほど巡るのだが
古い街並みを眺めながら白鳥なんかもいるから
もう旅情気分満載だ。

それでもついつい計算しようと試みるのは
経営者としてのクセ。

「ボートの代金はひとり3000円だから
3000円×30名だから90,000万円の売り上げ。

水路のボートはざっと見ると20隻ほど稼働しているから
1隻が朝から夜まで7回は稼働するとして
90,000万×7回×20隻=12,600,0000万円の売り上げだ」

1日で1千2百60万円だから
30日フル稼働したらなんと

「3億7千8百万!こりゃ儲かるな〜」

人気の観光都市がいかに儲かるかを実感したのだった。

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ここはアントワープの駅(世界遺産)

ブリュッセルから列車で1時間ほどの場所にある
観光都市だ。

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中心にある広場には子供の頃毎週日曜日に見てた
テレビ番組「フランダースの犬」の
ネロとパトラッシュの像がある。

「パトラッシュみたいな
大きな犬を飼いたかったんだよね〜」

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ここはオランダのアムステルダム。

僕らが滞在しているベルギーのブリュッセルから
ユーロスターという列車で2時間余りで着く。

ヨーロッパの中心にあるブリュッセルは便利だ。

パリにも1時間半で行けるし、ドイツのケルンも近い。

「だからEUの本部もあるんだよね〜」

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アムステルダムの歴史は意外にも浅くて
15世紀ごろはただの小さな漁村だったとのこと。

それが地政学的に重要だと
ヨーロッパの人々が認識するようになり
交易の中心地として急速に発展した。

街の中心はこうした自然の水路が
二重にも三重にも四重にもあるから
ほとんどの観光客はボートというよりも
100名以上が乗れる大型の観光船に乗る。

「こりゃブルージュよりも、もっと儲かるな」(笑)

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ブラスの夏祭りイベントの僕コーナーで

「世界で一番有名は画家は誰だと思いますか?」

という質問を各地でしたのだが

ピカソとほとんどの方が答えるだろうと予想していたら
「ゴッホ」という答えが多かった。

旅に出ると日本人も各国の方々もなぜか
「美術館」に行きたくなるもの。

アムステルダムにあるゴッホ美術館は
見ごたえありだった。

旅の楽しみとはなんだろう。

「いろいろあれど、最後は想い出づくりかな」

そう、人生は想い出づくりの旅。

こんないい時代に生まれたのだから
みなさん迷わず旅に出ましょう。


PS.
所属する経営者団体「EO」の30周年イベントの
司会があの古舘伊知郎さんだった。

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「さすがプロ中のプロだな〜」

僕もまだ現役の司会者だと自分では思っているので
古舘さんの司会に刺激を受け
まだまだ成長しようと思ったのだった。

ニトリでガッチリ

幸運と縁が重なり、あの「ニトリ」の創業者であり
80歳を超えた今も現役で社長をしている似鳥社長と
毎年北海道の小樽で会い夕食を共にしている。

「とにかく明るくて面白くて、魅力あふれる方なんです」

80歳を超えた今も現役の社長だから
仕事大好き人間に決まってる。

しかし性格はお茶目で話し好きで
回りにいる人々を明るく照らす。

写真を撮る時は毎回

「ニトリのに〜」か

「ニトリでガッチリ」と、自分自身で発声する(笑)

そして食事会の後は必ずカラオケルームに行き
自分の曲を熱唱する。

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なんとメジャーデビューしているから
カラオケに自分の曲が入ってるのだ!

しかも映像は自分が主演(笑)

「カッコイイな〜」

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ひとり一人にサインをして
たぶん座右の銘であろう

「先客後利」という言葉をいただいた。

「先にお客様の為に尽くし
そのあとに利益はついてくるんだよ」

そう教えてくださった。

「俺もニトリの大社長を見習って
80歳を超えるまで走り続けるぞ」

改めて誓った夜でした。

PS.

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「ニトリでガッチリ」

翌日のゴルフも楽しかったナ。

近況報告 2025春

新卒の最終面接で就活生から
「長いこと社長ブログを書いているんですね」
と、よく言われる。

確かに長い。

それに、もはや社長ブログって
完全に時代遅れだという自覚もある。

「ま、止める時期も逸したし
回りがやってないから書き続けるのもいいな」

そんな気持ちだ。

それでも、長く続けていれば技術も上がるはずだから
スイスイと筆がすすみ、内容も濃くなるはずなのに
更新頻度がガタ落ちなのはなぜだ。

原因は自分でわかっている。

「まずは一行目を書くんだよ、河合君!」

小説家でもエッセイストでもないのだから
上手に書こうとか独自の視点で為になることを書こう
などとゆめゆめ思わず

「迷わず書けよ、書けばわかるさ」

でいいのだ。

でもね「週刊文春」に
サイバーエージェントの藤田社長が毎週コラムを書いていて
これが抜群に面白くて読みやすくて
さらに経営の参考になりまくるので
俺もそんな文章書きたいとついつい思ってしまうのだ。

「それも書かない言い訳では・・・」

ということでゴールデンウィーク前からの近況を。

愛知県の安城市に「ららぽーと安城」がオープンして
その中にウチの「バタリー」のお店がある。

バタリー安城

ここに出店することを迷ったことは確かだ。

それでも愛知県三河地方はブラスにとって
思い入れが深い地域だから
出店要請があるのは名誉なこと。

ららぽーと安城の集客力がもの凄いことは確かだけど
バタリーは特に連日大盛況でホッとした。

バタリー安城3

バタリーブランドがここまで知れ渡っているとは
うれしい驚きだ。

バタリー安城2

一丸となってお店を盛り上げている
パティシエチームに感謝しかない。

「スタッフのみんな、ありがとう!」

浜松うなぎ (4)

GW期間中はいろんなお店に顔を出した。

浜松うなぎ (3)

「ブッフェで名物のウナギを炭火で焼くとは
さすが浜松のアーブルオランジュ!」

ATK (3)

京都のアトールテラスのファンイベントには
「めでたや」メンバーとして僕も参加した。

結婚式を控えたお客様だけでなく
社員の家族や友人も大勢駆けつけてくださり
ファンイベントの良さを改めて感じたのだった。

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ここは名古屋の港区に新しくできたライブハウス。

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僕は中学の頃からASKAファンだから
チャゲアス時代の曲が聞けたことに大感動だ。

復活したASKAさんの歌声と
最新のライブハウスだからこその盛り上がりが
そこには確かにあった。

改めてハコの力を痛感したのだった。

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もちろん我らがサザンオールスターズの
名古屋ドーム公演にも参加。

ライブは素晴らしかったに決まってるけど
いつもながらドームに物申したいことは沢山ある。

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愛知の豊橋駅から直結している
「穂の国劇場」で三谷幸喜の演劇を観る。

特に三河地方のみなさんへ伝えたいことは

「穂の国劇場は、演劇専用ホールとして極上ですよ」

ということ。

せっかくこんなにも素晴らしいホールが地元にあるのだから
演劇を観たことがない方も足を運んでほしいと心から思う。

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年に一度、この経営者仲間と旅をするのは
変わることのない約束事。

今年はメンバーの一人の故郷である
瀬戸内の島へ行った。

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尾道から四国の今治へと続くサイクリングロードを走る。

「こんなにも気持ちよく自転車を漕いだのは人生初です」

自転車ですれ違う人々は、ほとんどが外国のみなさんだ。

「魅力的ある場をつくれば人は自然に集まるんだな」

カップルでも家族でも、このサイクリングはおススメ。

「電動機付き自転車だから、坂道も快適だよ!」

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今年は寒い日が多かったから桜のシーズンが長かった。

毎朝、愛犬のタロとジロと近くの名城公園を
花見散歩ができて幸せな日々でした。

米寿の会

4月3日はブラスの創立記念日。

1998年に会社をつくったから
あれから27年と思うと感慨深い。

「そりゃ、年も取るよな」

当時は青年社長だったのに
すっかりド中年社長になったしまった。

「そろそろ老人社長では・・・」

とは言わないでほしい。

来年還暦を迎えるとはいえまだまだ心身ともに若く
老人には程遠いはずだから!

自分も年を取れば、親も年を取るのは当たり前。

父も母も元気で生きているだけでありがたい。

そして父親がとうとう88歳という記念すべき年齢になった。

それで「米寿の会を開きましょう」という話になり
それが父の誕生日である4月3日実現したのだ。

米寿パーティ (3)

身内だけで、ひっそりやろうと思ったのに

米寿パーティ (3)a

なんだかんだで、こんなことになった(笑)

米寿パーティ (9)

二期生のグロちゃんが親父となぜか仲がいいので
この日の担当を買って出てくれた。

米寿パーティ (11)

一号店のオープン当初は毎週のように父親が
ルージュブランに来て、これもなぜか「会長」と
みんなが呼ぶようになったからだろう。

米寿パーティ (13)

すっかり会長気分になって
「お前は偉そうに、放漫経営をしとる」
と、説教をされたのには参ったけど(笑)

米寿パーティ (15)

時を同じくして弟の智行が会社に入ったから
その縁を結んだのは父だったのかもしれない。

米寿パーティ (19)

父にとっては孫も古株の社員も大勢集まり
かなりのサプライズになったとは思うけど

米寿パーティ (18)

「ちょっとボケ始めているからな・・・」

と、心配だった。

それでも意外にシャキッとしていたから
内心ホッとしたのだった。

米寿パーティ (21)

こんなケーキまでつくってくれて

米寿パーティ (22)

ありがとう!

米寿パーティ (24)

昭和の父だから子供の頃は怖かったのに
年を取ると素直にこんなこともすると思うと

米寿パーティ (28)

二人そろって長生きしてくれたことに感謝しかない。

米寿パーティ (32)

「それじゃ、めでやたも、やらんとな」

米寿パーティ (34)

一号店をつくる前は僕が太鼓と口上をして
弟と嫁はんも駆り出して
いろんな結婚式場でパフォーマンスをしていた。

「これで食いつないだんだよね、マジで」

米寿パーティ (37)

20年前の全盛期は

米寿パーティ (40)

年間100回は「めでたや」をしていたから

米寿パーティ (41)

年齢を重ねても、ちゃんと体が覚えている。

米寿パーティ (42)

「僕はまだまだ現役バリバリですから
プランナーのみなさん、発注待ってますよ。
こうして餅つきに参加して
結婚したカップルもいるのですから!」

米寿パーティ (47)

中盤から後半は

米寿パーティ (49)

なんだかわからんけど

米寿パーティ (53)

ゲームで楽しむ。

米寿パーティ (57)


米寿パーティ (58)

若い頃は父母の前で歌うのは恥ずかしかったけど

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この日は息子とも

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嫁はんとも

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弟(専務)とも歌う。

「父はほとんど寝てましたけど・・・」(笑)

米寿パーティ (71)


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「厨房チームのみんなも、こんなにやってくれて
ホントにありがとう!」

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野々垣シェフと父との「鯉バナ」は

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昔を思い出して大笑いした。

米寿パーティ (79)

「ブラスを設立する時
何を言わずに300万貸してくれたから今のブラスがあります。
設立日が偶然にも父の誕生日だったから
こりゃ絶対に失敗できないぞとも思ったのです。
ありがとう、父さん」

米寿パーティ (83)a

「父は超えなきゃならんから、僕も88歳まで生きる」

米寿の会をつくってくれたみんなに心から感謝します。

 

香港にて 2025

ほぼ10年ぶりに香港に来ている。

ブログを紐解くと2016年になんと
香港ディズニーランドに行っているではないか。

「そうだ、小さくてゆるいサービスのディズニーが
案外心地よかったんだよね」

今回の旅の目的は「アートバーゼル香港」を見るため。

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現代アートのフェアとしては
スイスとマイアミと香港が世界最大級の開催だと聞いた。

ならば一度は行ってみたいという願いが叶い
こうして訪れたのだ。

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それもこれも「キクタケギャラリー」を主宰する
菊竹さんと数年前に出会ったことが大きい。

その時にギャラリーに展示してあった
三瓶玲奈さんの作品に惚れ込んで
コレクターというより結婚式場に飾るべき作品を
購入し続けてきたのだ。

(玲奈さんは昨年ウチのブルーブランで
結婚式を挙げてくれました!

「そんな玲奈さんの晴れ舞台とあらば
香港に駆け付けるしかないでしょ」

自称玲奈さんの親友の下野君と共にやって来た
香港バーゼルの規模は想像以上に大きい。

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「大きくも美しい作品ですね、玲奈さん」

日本だけでなく世界で高く評価される
アーティストになってしまうことは少し寂しい。

それがファンの心理なのだけど玲奈さんが
日本を代表するアーティストになると僕は信じている。

夜はキクタケさんと玲奈さんと香港料理を味わいつつ
将来について語ったことも思い出深い。

「ま、ついでに観光もしよか」

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「海から見えるビル群が香港だね〜」

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旅の友の下野君がどうしても行きたいと主張したのは
ブルースリーの銅像がある広場。

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そして偶然にもこの時期に香港最大の美術館で
ピカソforアジア」という展示会があり
ピカソファンの僕らは喜んで会場へ足を運んだ。

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ピカソの作品は一目で
「ピカソだ〜ってわかるよね」

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ピカソは生涯で13500点の絵画。
10万点もの版画、300点もの彫刻と陶器。
本の挿絵などを含めると
14万点以上もの作品をつくったとのこと。

「天才は多作なんだよね〜」

あまり知られていないけど
普通の人でも買おうと思えば買える作品があるのだ。

「もちろん僕は持ってない」(笑)

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ディープな香港の街も徘徊し
短い旅を終えました。

村上佳菜子のフィギュア音楽会

村上佳菜子ちゃんと縁あって
ラジオ番組を5年以上続けている

これは支えてくれる番組スタッフと
佳菜子ちゃんが天真爛漫でありながら
細かな気遣いをしてくれるお陰だと心から思う。

自らの経験をもとに、結婚式の素晴らしさを
番組でも切々と語ってくれることもうれしい。

音楽会

プロフィギュアスケーターと芸能活動を見事にこなして
成長し続けている佳菜子ちゃん。

昨年は東京だけで開催されたこの音楽会を

「今年は名古屋でもやりま〜す」

と、早くから聞いていた。

音楽会

となれば、ブラスバンド部のバンマスふたりと
自称佳菜子ちゃんと親友の下野君と
愛知県芸術劇場へ駆けつけるしかない。

この日のオーケストラの指揮者は
昨年と同じく田中祐子さん

昨年の演奏会で僕は彼女の指揮っぷりに魅了され
一発でファンになった!

「その縁でブラスミュージックに来てくれました

フィギュアスケートの名場面が蘇る名曲の数々に感動し
田中祐子さんの流れるような指揮が最高に美しかった!

音楽会3

佳菜子ちゃんのお陰で終了後に
祐子先生と再会することができて、もう感無量だ。

「これからもファンとして、名古屋公演があれば
必ず駆けつけます」

新しい推しカツ?ができてうれしいです。


PS.
書き記したいことの一つは
今も本社でブラスの屋台骨を支え続けている
新卒一期生のメンバーとの食事会のこと。

IMG_7029

なんと、入社20年のお祝いなのだ。

「社員が10名以下の会社なのに
あの時によくぞ新卒採用をしようと思ったよな、俺」

会社説明会で運命の出会いをして
会社の歴史と共に歩んでくれた一期生に
感謝の気持ちが伝わったならうれしい。

「でも、まだまだこれからだからね!」

次はブラスのハワイウェディングを現地で仕切っている
竹中優ちゃんが久しぶりに帰国したので
現状を聞きながらの食事会をした。

3期生

優ちゃんとペッペさんは新卒3期生。

「初期のメンバーがこれほど会社にいて
成長を支えているのは誇りだな〜」

コロナ以降、海外ウェディングは縮小しまくってるけど
きっといつか優ちゃんがプランニングして
当日も新郎新婦と行動を共にする結婚式は大人気になると
信じてこれらもやり続けようと話し合ったのだった。


もう一つ、驚きといっては失礼だが
うれしい報告がある。

「四期生のワカさん、結婚おめでとう!」

わかさん (3)_R

そして同時に
「四天王を退会します」
という退会届を僕に提出したのだ(笑)

わかさん (1)_R

「四天王」については詳しく説明するわけにはいかない。

ひとりが退会したということは
次なる新メンバーを探さないとね。

ニセコ会議 2025

北海道のニセコに今年もまたやって来た。

経営者の大先輩たちが
世界的な有名な「ダボス会議」並みの集まりを
日本の北海道でやろうと決めて昨年に発足した
「ニセコ会議」に参加するために。

第一回の昨年に招かれたことは
ホントに幸運だった。

あまり知らない経営者たちと三泊四日の経営合宿は
ちょっと苦痛かもと内心思っていたが
数々の出会いと学びがあった。

「なにかの縁で誘われたなら、迷わずのってみる」

もしもハズレくじを引いたとしても
次の当りを引くための序章だと思えばいいのだから。

それはともかく第二回は昨年の大成功から
さらにパワーアップしての開催となった。

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オリンピックに4回出場した
アルペンの木村公宣さんの体験談。

M&Aのプロからの圧倒される話の数々。

「こんなにも、おもろい上場企業経営者がいたのか」

往年の横山やすし(知ってるかな)のような口調で
爆笑の渦に巻き込みつつ全員をファンにする姿勢。

PRのプロから
「PRは自分じゃない人に言ってもらう」こと。

日本の観光ビジネスはまだまだ伸びて
将来8兆円までいける。

しかし日本人のパスポート取得率は
なんとなんと17%しかない(若者がんばれ)

次の経営人材には良質な修羅場をくぐらせろ!

ニセコを海外のみなさんを引き付ける地に
ここまで育て上げた町長の目からうろこの話。

数々の学びがありつつも

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世界最高のニセコのパウダースノーを
朝から昼までは堪能した!

というのは嘘で
パウダースノーを滑るにはそれなりの道具と技術が必要。

「ダメだ、僕レベルでは楽しめない」

すぐに年齢を言い訳にするのはだめ。

経営もスキーも課題が満載なのです。

書くということ

ちょっと前の経営者会の席で、驚きの出会いがあった。

たまたま横の席に座った方なのだが挨拶をすると

「小説も書いてます」とおっしゃる。

小説好きの僕としては心の中で

「ま、小説家を志望する人は何万人もいるからな」

と思いつつも、どんなジャンルの小説ですかと聞く。

すると「純文学です」と、意外な答えが返ってきた。

最も売れることが難しい上に
デビューすることすら困難なジャンルだ。

「もしもすでに出版されているなら、教えてください」

「代表作はニムロッドといいまして
芥川賞を受賞してます」

「ええっ、芥川賞作家なんですか〜」


大げさだけど、椅子から転げ落ちそうになる。

小説を読まない人でも
芥川賞と直木賞のことは知っていると思う。

この賞は歴史と権威がある上に
受賞作を決めるのは名だたるベテラン作家たちなのだ。

ちょとやそっとでは取れる賞ではない。

そこからは小説を読むことが好きというより
本を読むことが生活の一部となっている僕から
執筆や出版についての素朴な疑問を根掘り葉掘り聞いた。

「とにかく帰ったらすぐに、ニムロッドを読みますね」

「そしてたら、感想を聞かせてください」

と、真顔で言われた。

感想を作家に伝えるのは初めての経験だから
緊張感をもって読んでいる。

たぶん著者の上田さんは
ごく普通の読者からの感想が聞きたいのだと思うので
カッコつけて評論めいたことを書くわけにはいかない。

僕はこうしてブログを長年書いているから
普通の人よりは書くことが好きなのだと思う。

「あっ、そうだ。
俺もウェディングプランナーになりたい君へを
幻冬舎から4冊も出版しているじゃないか」


ところがこれは口述筆記といって
インタビューのように答えたものを
プロの文筆家がまとめてくださったものだ。

これはビジネス系の本でよくあることであり
プロに読みやすい文章を書いてもらって
読者にわかりやすく
僕の思いが伝わることを大切にしているからだ。

とはいえ一度は
自分ですべて書いてみたいという願望はある。

「ま、無理だろうな。特に小説は絶対にムリだ」

「だって書きたいことがないんだもの・・・」

やむにやまれず表現したいことを書く人が
きっと本物の小説家なのだろう。

それでもこうしてブログを20年近く書き綴っているから
いつかは僕もという思いを抱いている。

ブログがたまにうまく書けた時は
自己満足だけど気分がいいからね。

誕生日会 2025

誕生日会の様子を下書きにしたままで忘れてた・・・。

せっかくたくさんの写真をリリックスが撮ってくれたし
自分の忘備録としても残したいのでそっとアップしよう。

59歳は「ゴクーの会」ということで
ブラス新卒5〜9期生の面々といつものメンバーが集まり
盛大に祝ってくれた。

「いくつになっても、誕生日っていいもんだな。
感謝感謝の夜でした」

写真だけのアップです。

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誕生日 2025

「いくつになっても誕生日はいいもんだな」

そう思う反面、59歳ともなると

「あと何年現役でバリバリやれるのだろうか」

と、思ってしまう寂しさもある。

それならまだしも、あと何年生きていられるかという
ちょっと前までは思ってもみなかったことさえ
節目の誕生日には頭をよぎる。

「老いることよりも、老いていくことが怖いのかな」

そんなことを思っていた矢先に
映画「敵」を観てしまったから
考えなくてもいいことも考えてしまった
59歳の夜なのだった。

シェフMTG

それはともかく
誕生日前日は料理長たちに新年会で祝ってもらい

司会MTG (1)

当日は長年手塩にかけて育ててきた
司会者の面々と熱いミーティングをし

司会MTG

ランチ会で祝ってもらい

誕生日 (4)

忘れちゃいけない、本社チームから

誕生日 (2)

「59歳は悟空のように、やったりましょう」

と、多大なるエネルギーをもらったのだった! 

そして
「1月に生まれてくださって、ありがとうございます!」

という結婚式業界ならではの言葉も
リーダー陣からもらったのだった。

続く(たぶん)



泥臭くも、美しく勝つ

年初の支配人会議では必ず年頭の挨拶をする。

それは恒例であり社長としての大きな仕事だ。

その中でのメインは
「今年のスローガン」を発表すること。

開口一番
「それではスローガンの発表です」
と、切り出すのは冗談に決まっている。

社内でも社外でも大勢の前で話をすることは
社長の仕事だからこれを磨き続けてきたというより
場数を数限りなく踏んできた。

まずは自分の脳が車のエンジンのように温まるまで
焦ってはいけない。

「でも、冒頭のつかみも大事ですよね」

その通り。

漫才でも、営業でも
最初の数分が勝負を決めることがあるから。

訓示

さらに最近は社内会議も会社説明会も
ハイブリッド方式だから目の前の社員に語りながらも
画面越しを意識することは簡単じゃない。

訓示3

それで今回の「つかみ」はこれ!

ブライダル産業新聞の新春特大号の一面に
ウチの写真と良い結婚式を追及していることが
ビシッと書いてある。

「業界紙にこれだけ褒められることは
大変な名誉であり、今まで積み上げてきたことが
認められたことでもあるから、誇りに思っていいと思うよ」

そんな話から後半は今年のスローガンの発表だ。

「泥臭くも、美しく勝つ」

ここでは説明はしないが
全社員にこの意図は十分に伝わったはず。

「みんな今年も明るく元気に
いい結婚式しようぜ」

いい会議ができました。

ラジオ収録inブラス本社スタジオ 2024

村上佳菜子ちゃんと僕がパーソナリティをしている
ラジオ番組「ブラスミュージック」も早いもので
5周年を終えて6年目に突入しようとしている。

「まさか、300回も続くとは思わなかったナ」

それもこれも、タレントしてもプロスケーターとしても
活躍し続けている佳菜子ちゃんのお陰だと心から思う。

「僕へのツッコミは年々厳しくなってるけどね」(笑)

ブラスミュージック (4)

12月の収録は今年もブラスの本社で行う。

ブラスミュージック (10)

いつものスタジオとは違い
社員に囲まれての収録はライブ感覚があって楽しい!

ブラスミュージック (15)

そして今年もブラス所属のプロテニスプレーヤー
日比野菜緒選手をゲストに迎えた。

佳菜子ちゃんとも仲良しだし
ふたりとも結婚したばかりだから
結婚式の話にも花が咲く。

ブラスミュージック (20)

「来シーズンは、パートナーと共に世界を転戦し
トップ20を目指します!」

ブラスミュージック (22)

もはや菜緒ちゃんは日本の女子テニスプレーヤーの
レジェンド的存在だ。

ブラスミュージック (23)

そんな歴史に残るプレーヤーを
こうして応援し続けられることに感謝しかない。

ブラスミュージック (25)

二本目のゲストは「ICEx」の中村君と志賀君。

「二人とも素直でいい子だな」

ブラスミュージック (28)

そして夜は恒例のパーティーへ。

ブラスミュージック (27)

佳菜子ちゃんと菜緒ちゃんの
一年間の想い出写真を見ながら席に着き

ブラスミュージック (30)

乾杯の音頭は毎年この人が行う。

ブラスミュージック (29)

仕切るのは自称「羽生ゆずらない君」

ほぼ似てないけど、なぜか佳菜子ちゃんにウケる。

ブラスミュージック (32)

選ばれたか、強烈に立候補したかはわからないけど
各店から二名だけこの会に参加できる。

ブラスミュージック (34)

「ラッキーだよね!」

ブラスミュージック (35)

中盤はやっぱりゲーム大会。

ブラスミュージック (37)

テーブル対抗だから、決め手はやっぱりチームワークだ。

ブラスミュージック (43)

いろいろありつつも

ブラスミュージック (44)

最後は「けん玉」対決(毎回同じだな・・・)

ブラスミュージック (45)

「さすがブラスバンド部、お見事!」

ブラスミュージック (47)

「子供のころはスペインで育ったから
日本の遊びはしてないんです」

「そんなのは言い訳だよ、増田くん」

ブラスミュージック (51)

バンケットに移動して、恒例のブラスバンド部の演奏へ。

ブラスミュージック (52)

「依然として部員が増えないけど
クオリティは上がってるぞ」

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「クリスマスに相応しい、いい演奏だったね」

ブラスミュージック (58)

そしてこれまた恒例の映像を鑑賞する。

ブラスミュージック (59)

日比野菜緒選手の一年間の激闘を
これほど上手くまとめてくれるとは
グループ会社のリリックス映像チームの技術が
格段に上がったことを実感する。

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さらに恒例の僕と佳菜子ちゃんの「NG集」と
5周年を記念してか、過去の歴史まで振り返ってくれた!

ブラスミュージック (62)

「宮古島での結婚式の様子を
ここまで美しく見せてくれるとは
もう、リリックスアッパレだ!」

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お二人とプロデューサーに感謝の気持ちを込めて
花束を渡し、来年の飛躍を改めて誓う。

ブラスミュージック (67)

ラストはこれも恒例なのか。

売れっ子芸能人でもある佳菜子ちゃんと
今年も共演する勇気にアッパレ!

ま、付き合ってくれる佳菜子ちゃんの優しさだけどね。 

あけましておめでとうございます 2025

昨年の新年初ブログに

「ブログ書き始めて19年。
昨年は書いた数が一番少ない年でした」

と、反省を込めて書き

「とにかく書き始めることが肝心」

と、戒めを込めて書いたのに
昨年(2024年)はさらに過去最低数を記録してしまった。

「迷わず書けよ、書けばわかるさ!」

エッセイストでも何でもないからこそ
カッコつけずに書けばいい。

たまに自分で
「今日は書けたな」
と思うと不思議にすっきりするからね。

それはともかく2025年の仕事始めは
愛知の常滑にあるマンダリンポルトで
「祝い餅つき・めでやた」を演じた!

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当然ながら、新郎新婦が発注してくれたからこそ
こうしてパフォーマンスができる。

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ブラスの歴史をあまりご存じない読者の方は
「これは社長の趣味ですか」と勘違いするかもしれない。

「何をおっしゃいますか!」

プロのパフォーマーとして25年も演じ続けていて
初期のブラスにとっては貴重な収入源だった。

そして共に演じる仲間とも長い付き合いだから
あんうんの呼吸ですべてが通じるのだ。

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正月早々我ながら
会心のパフォーマンスができた!

「えっ、ブラスの社長さんだったんですね。
盛り上げてくださり、ありがとうございます」

という、新郎新婦の言葉は勲章だ。

そして今日の1月5日は一年以上前から

「社長さん、必ず来てください!」

そんな熱望に答えての登板だ。

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レマンダンサーズと共に桜吹雪の中
入場した新婦はレマンの磯貝プランナーの従妹。

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「お正月らしく、絶対に盛り上がるからね」

という現役プランナーからの激押しで登場したからには
想像以上のパフォーマンスをしなければならない。

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そんなプレッシャーをはねのけ
我ながら会場を大いに沸かせることができた。

「時にプロの演出を提案して、採用してもらうのも
プランナーの腕ひとつだぞ!」

と気分よく、プランナーに話した。

「この勢いで2025年もやったるぞ」

最高のスタートが切れました!

ゴルフ対決 2024

人の感情の中で「応援する気持ち」は
最上の一つだと思う。

それは何かのファンになることであり
最近では「推し」というらしい。

ファンになるきっかけはなんでもいいし
理由などいらない。

それでも例えばスポーツ選手ならば
地元が一緒だとか、友達の友達だとか
何かの縁があって応援するのもまた人の特徴だ。

ホーム&アウェイはそんな人の感情を刺激して
ゲームを盛り上げることに違いない。

なので昨年末に地元である愛知県一宮市で
旧友と飲んでいる時に

「一宮の子でゴルフのプロテストにトップ合格した
女子ゴルファーがいて、その子のお父さんを知っとるぞ」

それを聞いたらもう、ゴルフを愛し
スポーツ観戦を生涯の趣味としている僕としては
動くしかないと決意したことを覚えている。

そんな縁があり、ブラス創業の地である一宮市出身の
清本美波選手をスポンサーとして応援することになった。

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「オフになったら、一緒にコースを回りましょう」

そんな約束が年末にやっと実現した。

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間近で見るプロのスウィングは迫力があり
美しさもあり、ボールの弾道にほれぼれする。

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「俺だって、ゴルフが大好きなんだぞ」

と、思い切って振り切るも
18ホールを安定して回る力が自分には足りないのだと
清本プロとラウンドして思い知る。

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もうひとり
一緒にラウンドしたのは美波ちゃんのお父さん。

お父さんは娘さんが幼いころから共に歩み
ここまで育て上げた名コーチなのだ。

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「ゴルフはヘタクソですから」

というお父さんの言葉は謙遜だと誰だって思うでしょ。

「ホントに下手ですね、お父さん」(笑)

だからこそ名コーチなのだと、ラウンド中に娘さんにする
声掛けの数々で思ったのだった。

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「ツアーデビューした今年の成績は散々でしたが
最後の最後に来年のツアーに出場できる権利を
自力で獲得しました。来年は必ず勝ちます!」

ラウンドの後はブラス本社にて来年の飛躍を誓う。

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夜は清本一家と共に夕食会。

なんとなんと、ふたりいる息子さんも
プロゴルファーを目指していて
すでに年代別で注目されているとのこと。

「ものすごい一家ですね〜」

結婚式で酔いつぶれたお父さんと
それを優しく見守る明るいお母さんの元に
伸び伸びとゴルフをする子供たちが育ったんだ。

幸せなことに、人生の楽しみがまた一つ増えました!

人生に近道なし

ブラスバンド部の冬の発表会?が近づいている。

2か月ほど前にバンドマスターから
新曲の楽譜が二つ送られてきた。

「ゲゲッ、ミとシが♭の曲だ〜」

(僕の担当するテナーサックスの話です)

楽器に触れたことがない人でも
♯と♭があるとなんか大変そうだと想像できるでしょ。

カラオケだと
「低いから一つ上げて」とか「高いから一つ下げて」
と、マシンがやってくれけど
楽器はそうもいかない(当たり前)

かれこれ10年以上サックスを練習しているのに
こんなことを思う自分が情けないと思う反面

「そう簡単には、楽器は上達しないぜよ!」

と、自分を慰める。

そう、楽器は教えてくれる。

上手くなるには時間をかけて
コツコツ練習するしかないことを。

まさに人生に近道なしであり
上達するためのコツなどないのだ。

大人になるとなぜか人は
何かを成し遂げるための近道をすぐに知りたがる。

すぐに手に入るものには価値がないし
コツを知ったからとて上達するものでもないのに。

「ま、それぞれの道で才能の有無があるのは確かですが
才能があるからこそ練習や本番が楽しくなり
うまくすると夢中なって練習しますからね」

好きこそものの上手なれだ。

ただ仕事となると「好きを仕事にする」ことは
そう簡単じゃない。

だって世の中の多くの仕事は
やってみないと好きか嫌いか
自分に向いているのか向いていないのかが
わからないから。

だから僕はこの言葉が好きだ。

「自分のすることを愛する」

生き生きと仕事をしている人に会うと
たまたまこの仕事に出会って
やってるうちに好きになって、気づいたら人生イイ感じ。

こんな人が多い。

もちろん僕もそのひとりだ。

21歳の時に友達から結婚式の司会を頼まれて
何の経験もないけどただただ一生懸命やり
それを周りが褒めてくれるもんだから
これは向いているのだろうと思って続けている。

偶然に出会って好きになり
そして今も夢中で追いかけている。

ということでこれからも
好きで向いている結婚式という事業を突き詰める覚悟だ

「ブラスは一意専心の企業です!」

ということでいちばん書きたかったのは

「とうとう東京23区内に新規出店します!」

これに関してはまた後日詳しく書きます。

スペイン旅行後記

マラガを中心にアンダルシア州を旅した。

せっかくなので僕の経験を書き記すことにより
みなさんの今後の旅の参考に少しでもなればいい。

まずは「新婚旅行におススメの国はありますか」
という結婚式屋の社長としてよく聞かれる質問に
新たな1ページが加わったことは間違いない。

「スペインのアンダルシア地方ですよ!」

新婚旅行の選択肢として
今まで聞いたことがなかったと思う。

「スペインなら、バルセロナかマドリード」

それはもちろん正論なのだが
アンダルシア地方の広さは日本の北海道並みで
そこに歴史的な都市と建造物
さらには海があり山があり
気候も穏やかで晴天率も非常に高い。

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移動はスペインの高速鉄道が便利。

ひと昔前は切符を買うにも
日本人にとってはひと苦労だったけど
今やアプリでサクっと買える。

先日行った金沢駅で海外からのお客様が
新幹線の切符を買うために渋い顔をして
長蛇の列をつくっていた。

「日本というか、JRは何やっとる!」

新幹線があれほど快適だからこそ
そこは一日も早く改善してほしい。

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マラガから「グラダナ」「コルドバ」「セビーリャ」など
何となく聞いたことがある名前の都市を旅した。

「どこも街並みが美しいな〜」

そこにはこれまたなんとなく聞いたことがある
歴史的な場所がある。

この写真はグラダナの「アルハンブラ宮殿」の前。

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その際の注意事項が一つある。

「今や欧州の観光地にある有名な場所に入るには
事前の予約が必要ですよ!」

行き当たりばったりの旅もいいけど
いかに効率よく観光地を回るかは
事前の準備にかかっている。

東京ディズニーランドに行く際に
多くの若者は待ち時間を少なくして
効率よく回る工夫をしているとのこと。

そのあたりのノウハウを生かせばなんてことはないのだ。

僕たちはそれを怠ったから
アルハンブラ宮殿に入ることができなかった(泣)

日本では美術館巡りはしないけど
海外に行くと何となく行きたくなるもの。

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美術界の永遠のスーパースター
パブロ・ピカソの作品はヨーロッパの多くの美術館で
鑑賞することができる。

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特にマラガはピカソが生まれた街なので
「自分の作品を生まれ故郷に」という
本人の要望の応えたピカソ美術館があり
僕のような素人でも見ごたえ十分だった。

そして何のかんの言っても旅は
美味しい料理を食べて飲むことが一番の楽しみ。

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「テラス席で飲めば、美味しさも倍増なのだ」

スペインの食文化はタパスが有名。

「タパス」とは
ここアンダルシア地方が発祥の地と言われている
手軽に食べられる小皿料理のこと。

それは量を食べられない
日本の女性に最適な食文化なのだ。

昨今の円安を考慮しても
レストランの料理がさほど高くないのが
これまたスペインの魅力だと思う。

ということで、末娘と旅したスペイン旅行記でした。

アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち

昨年に引き続き、夏の北海道へ行く。

目的はあの「お、ねだん以上。ニトリ」の
似鳥社長と会食をするため。

どうして僕のような小物が
間違いなく日本を代表する起業家であり経営者でもある
似鳥社長と夕食を共にすることができるのか。

「それは、ただの偶然です」(笑)

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「ニトリでガッチリ!」

何度もお会いしているが似鳥社長は
僕のことを誰だかわかっているようでわかってない(笑)

それでも会のムードメーカーのひとりとして
似鳥大先輩の変わらぬ熱い想いを引き出せたなら
役割を果たせたはず。

御年80歳にして社長に復帰し
休むことなく精力的に社長業をこなし
ニトリを世界的な企業に育て上げ
さらに上を目指す姿勢にただただ感動する。

そして翌日。

昨年行くはずが大雨で電車が止まり
泣く泣く断念した場所へ意気揚々と向かう!

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そこは「エスコンフィールド

正式には「北海道ボールパーク・Fビレッジ」の中心にある
野球場であり、できれば「ボールパーク」と呼んで欲しい。

そこは札幌からJRで17分の北広島という駅から
バスで5分、徒歩で25分の小高い丘の上にある。

この日は15時から
「日本ハム対ソフトバンク」の試合がある。

僕は試合開始3時間前の12時にココに着いた。

「なんで、3時間も前に」

答えは簡単で、野球観戦よりもこのボールパークを
じっくりと見て回りたいからだ

何度も書いている通り、スポーツ観戦が大好きであり
スポーツをする「ハコ」についても異常に関心があるから。

エスコンフィールドがメジャーリーグの球場と比べても
信じられないほど素晴らしいボールパークであることは
知識として知っていた。

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メインゲートから数歩歩くと
この光景が目の前に飛び込んでくる!

大げさだが言葉を失うほど驚く。

広々としたコンコースから続くスタンドと
目の前に広がる天然芝の美しいグラウンド。

「これだ、これが理想のボールパークなんだ」

一瞬にしてトリコになる。

自慢だが大谷選手が所属している
ロサンゼルスのドジャースタジアムや
移籍前のエンゼルスタジアム。

そしてダルビッシュ投手がいるサンディエゴの
ペトコパークなどのアメリカの多くのボールパークに
僕は行ったことがある。

もちろん日本最高の広島のマツダスタジアムにも。

それぞれが特徴のある美しいボールパークだけど
あえて比べてもダントツに素晴らしい!

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ゆっくりとコンコースを歩き、隅々まで観察する。

すると試合開始2時間以上前なのに
観客が続々とやってくるではないか。

「みんな、楽しそうだな」

ファイターズのユニフォームを着て
応援タオルを巻いているファンがものすごく多い。

よく見ると年配の方が多いのも特徴だ。

人々はボールパークの中にある
数えきれないほど沢山ある飲食店に吸い込まれていく。

そうなのだ。

ボールパークは野球場でありながら
別の角度から見ると「巨大な飲食店」だ。

社長病ですぐに売り上げを想像すると

「40,000人×3000円とすると1億2,000万円だ」

(チケット代は別です)

毎試合こうはいかないだろうけど
この日はグッズの売り上げ等も入れると
この数字は確かだと思う。

中に入っている飲食店はどこも活気があり
サッポロビールを片手にラーメンからジンギスカンなど
美味しそうなお店ばかりだ。

この素晴らしきボールパークを創ったのは
誰なんだろう。

その答えはすべてこの本に書いてある。

 
「感涙のノンフィクション」

というキャプションに偽りはない。

僕はこの旅の前から満を持して読み始め
ここに来る寸前に読み切った。

当初は実現はほぼ不可能だと言われ
様々な立場から反対派が多かったこのプロジェクトを
結果的に大成功へ導けたのはなぜだ。

「ひとり一人の本気と情熱がこの世界を突き動かす」

それを改めて、現場に来ることにより知った。

このプロジェクトの責任者が最後の決定をする時に
決め手になったであろう言葉に共感する。

「どこで何をやるかよりも、誰とやるか。
その方が大事だなと、そう考えています」

プロ野球を愛するすべてのみなさんに
このボールパークに行き、感じて欲しいと切に願う。

いつか我が故郷名古屋にも
素晴らしいボールパークができることを信じて。

この山を登る

「我々はこの山を登る」

という目的だけは、ハッキリと示さなければならない。

日本の伝説的経営者である
松下幸之助先生と稲盛和夫先生のお二人が
対談の中で強く述べている。

未熟ながら26年間経営をしてきて
僕もその通りだと心の底から思う。

「登頂が困難な山を目指すか、簡単な山を目指すか」

その選択も確かに大事ではあるが
それよりも遥かに大切なことがある。

それは

「社員全員が登るべき山を知り
それに向かって登っているのか」

ということだ。

社員が多かろうが少なかろうが
登るべき山とルートを明確に示すことが
社長の任務であり使命なのだ。

「一歩一歩、苦しくとも足を踏み出せば
いつか山の頂へたどり着くはず」

ま、登ったと思ったら
もう一つ上があったと気づいてしまうのが
会社経営という終わりなき旅でもあるのだけど。

ブラスが今、山の何合目にいるのかはわからない。

でも「この山を登る」という意思を
社員全員が持っていると信じているし確信してもいる。

「困難な道ではあるけど、山を登っている道中は
声を掛け合って、歌なんかを歌ったり
おやつを食べたりしながら楽しんで登れたらいいね」

ということで、ブラス登山部一同は
今年も綿密な計画を立てて山へ向かった!

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「蝶のように舞え」

目指す先は、北アルプスの蝶が岳だ。

午前4時30分に名古屋を出発し
午前9時に三つ又登山口に着いた。

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なぜか今年は大人気の登山部。

希望した全員を毎年連れて行くのだが
今年はあまりにも入部希望者が多くて
泣く泣くメンバーを厳選した。

「さぁ、行くぞ!
苦しくとも一歩一歩だぞ」

このあとの珍道中の様子は写真と共にアップします(たぶん)

戦略を語る前に

「それぞれの新郎新婦ににとって最高の結婚式をつくり
それを次のお客様につなげていこう」

サービス業ではごく当たり前な
お客様にとっての最高のサービスをすることにより
ファンをづくりをしようとここまでやって来た。

なぜかといえば、それは仕事の基本でありながら
この業界では置き去りにされていると
ハウスウェディング事業を立ち上げる前に
司会者として自分自身が痛切に感じたからだ。

なので「いい結婚式をして次につなげる」ことは
ブラス創業時からの根幹をなす理念であり
これを失えばウチの存在価値はない。

その道を「ブラスラブ」として社員に伝え続けてきた。

そして他社との決定的な差別化をわかりやすくも綿密に
「ブラスの競争戦略」として語ってきた。

過去に勝ち筋が見えた時がある。

「よっしゃ、ここから着実の成長して
長期にわたって利益を上げる、強い会社なるぞ」

最大のチャンスはコロナによって打ち砕かれ
結婚式業界で唯一だと自負している
競争戦略がグラグラ揺れた。

そして現在。

コロナという試練の時を経て
戦略をさらに太く強くして新たなる道筋が見えてきた。

それでも自分自身へ戒めていることは

「戦略や戦術を語る前に、まずは戦闘モードを全開にせよ」

これは小売業で圧倒的に勝ち続けている
「ドン・キホーテ」の創業者の言葉だ。

(みなさん、ドンキの他店とはまったく違う
圧倒的な魅力はお店に入ると伝わってきますよね)

社員に戦略を伝え続けることが
リーダーとして重要なことには違いないが
戦略におぼれて実際は戦わない集団になってはいけない。

なんのかんの言っても結婚式ビジネスは
半年から一年ほど前に結婚を決意した
カップルに来館してもらい
成約しないと一円の売上にもならないからだ。

そして
「挑戦しなければ運は落ちる」

コロナが明けてから一年以上がたち
守りの姿勢から攻めへ転じる時が来たのだ。

そしてこれからも変わらず

「真っ正直に商売をしよう」

この姿勢にもブレはない。

それが結果的に会社の売上利益にもなり
成長へとつながっていくと信じている。

「みんな、悲観することないよ。
将来は明るいと信じて楽観的にいこう」

だって毎週いただく、沢山のお客様からのアンケートに

「今までの参列した結婚式で一番よかった」

「ブラスで結婚式を挙げて、ホントによかったです」

直筆で丁寧に書いてあるハガキを
何通も何通も見ているでしょ!

謙虚さと笑いを大切にしつつも
自信を持って進もう!!

PS.

新卒二期生として入社し
18年間ブラスを支え続けてくれた
「もっち」こと藤本プランナーが卒業した。

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あの、混沌とした時代を懐かしくも
いい時代だったと言ってくれた。

そして

「ブラスに入社してホントによかったです」

その言葉は僕にとって勲章だ。

「とりあえず、ゆっくり休んでな〜」

ニースにて

たったの二日間のバルセロナ滞在を経て
南仏のニースに移動した。

「なぜ?もっとスペインを楽しめばいいのに」

僕もそう思う。

当初はニースに会社を持つ仲間がいて
ならば人生初の南仏旅行をしようという話だったが
どうしてもバルセロナにも行きたいという主張が通り
強硬スケジュールになったのだ。

「10名の仲間全員が楽観的で、せっかちですからね〜」

それで朝の4時に起きて空港へ向かうハメになった。

ヨーロッパの各都市は当然ながら空路で結ばれていて
大手の航空会社から格安LLCまで
多くの会社が飛行機を飛ばしている。

なのでニースまでは
聞いたこともない「ブエリング航空」に乗る。

ここで読者のみなさんに海外旅行に行った時に
肝に銘じて欲しいことがある。

「空港はスリの被害にあう、最も危険な場所ですよ!!」

海外の多くの空港ではチェックインの機械操作を
自分自身でしなければならない。

これがなかなか面倒な場合があり
ついつい画面に夢中になってしまうことがある。

人が何かに夢中になった時は
どうしても無防備になるからそこを狙われるのだ。

「叱れらるので実名は書きませんが
仲間のひとりがあっという間に
大切なバッグをスラれました」

「しかもその方は、一年で二度目の被害です」(笑)

そんなこんなで人生初の南仏のニースへ行く。

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ニースの海岸沿いの歩道は世界遺産とのこと。

「そりゃ気持ちイイ!」

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砂浜じゃなく、石のビーチには驚いたけど(笑)

「日本の女性と違って、みなさんしっかり日焼けしてます」

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ここはニースの近くにある「サン・ポール・ド・ヴァンス

「ぜひとも検索してください!」

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そして隣町はF1グランプリで有名であり
超富裕層しか住んでいない「モナコ」がある。

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ニースは世界有数のリゾート地に相応しく
朝から晩まで賑やかだ。

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海岸にはもの凄い数のクルーザーがところ狭しと並び
圧巻の光景が広がる。

リゾート地しての歴史が深く
短い滞在でも日本のリゾートとの
格の違をいたるところで感じる。

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森の中には木々に囲まれたオーベルジュやレストランが
ポツポツあり、みなさん休日をゆっくりと楽しんでいる。

慌ただしくも充実した2日半のニース滞在で
今年のリトリートを終え、仲間と空港で別れた。

そして僕はニースからひとり
ある約束を果たすためにロンドンへ向かった。

バルセロナが好き

一年に一度、必ず旅をする仲間がいる。

20年以上所属している「EO」という団体の中で
「フォーラム」と呼ばれる班があり
そのルールの一つとして「リトリート」と称される
旅をすることが義務付けられているのだ。

今年もその季節がやって来た。

10名の経営者仲間なので
全員のスケジュールを合わせるのは困難だけど
行くと決めていれば何とかなるもの。

「旅も仕事も期限を決めることが大切なのです」

昨年のトルコ旅行があまりに楽しかったから
今年もそのノリを引き継いで
スペインのバルセロナで集合することに相成った。

「海外旅行をするなら、どこがおススメですか」

そんな会話になると僕は間髪入れず

「バルセロナです!」と答えてきた。

それはいろいろ理由はあれど

「とにかく好きなのです」

b-ドレッセの初期の頃に、まだ始まったばかりの
「バルセロナファッションウィーク」に毎年参加し
ウェディングドレスを積極的に買い付けていたことが
一番大きいのは確かなのだけど。

「もう、あの頃の買い付けの失敗を
責めるのはやめてくださいね」(笑)

仲間より半日以上先に着いたので
懐かしい場所へひとりで向かう。

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ピカソの故郷バルセロナにある「ピカソ美術館」は
彼の子供時代からの作品も飾ってある。

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「こんな風景画もあるんです」

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日本の影響を受けた感じの作品も。

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青の時代とかを経て
だんだんこうなっていく過程を感じられるのがいいところ。

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仲間と合流して夜のサクラダファミリアへ。

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「いつになったら完成するのでしょうか・・・」

それがガウディの作戦だとしたら凄すぎる!

観光客は何度も何度も訪れるのですから。

それにしても圧巻の建築だ。

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サクラダファミリアの上に登ったのは初めて!

「もしもここに行くなら、予約はかなり困難らしいけど
ぜひチャレンジしてください」

「帰りは400段の階段がやや恐怖です」

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ここはグエル公園。

アントニオ・ガウディは実に働き者だ。

亡くなるまで働きっぱなしだったという。

「天才は多作なんですね〜」

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バルセロナのレストランはどこに入っても美味しいですが
やはり「パエリア」を食べないとね。

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ピカソと並ぶバルセロナが生んだ天才ミロの
「ミロ美術館」はモンジュイックの丘の上にある。

丘の上から景色は圧巻であり
そこのカフェでゆっくりするのもおススメだ。

ということで、せっかちな仲間10名で
怒涛のバルセロナ観光を経てフランスのニースへ向かった。

「オッサン10名の旅なのに
なんで予定を詰め込むんでしょうね」

それが空港でこんなことになるとは・・・。

続く。

息子の結婚式 3

「最後まで書き切ってください」

社員には

「その仕事はやり切ったのか。
やり切ることが大切なんだぞ」

と、指導し続けてきたにも関わらず
シリーズブログをウヤムヤにしてはいけない。

息子の結婚式後はいろんな人から

「父として経験した結婚式はどうでしたか」

と、聞かれた。

それは自分の仕事だということを差し引いても

「子供の結婚式と披露宴は、想像していたより数倍楽しく
感動と興奮に満ちあふれた時間だった」

結婚式は自分たちの為ではなく
今まで生きてきた感謝の気持ちを込めて
家族や友人の為にもどんな形であれ実施すべきなのだと
身をもって感じたのだった。

改めてこの仕事を天から

「やらせてもらっている」

その幸運に感謝しつつ天命としてやらねばと
大げさなことも思ったのだった。
 
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さて平日開催ということもあり
やや長いパーティーも後半へ突入した。

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「父さん、バンド演奏も頼むわ」

父がしゃしゃり出たわけじゃなく
息子の依頼により達明バンドのメンバーと共に
入場ソングを歌う(勝手にシンドバッドね)

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「嫁ハンと歌えば、息子も喜ぶかな」

かなり練習して、歌詞も練りに練って
子供の頃の写真をバックに歌った
「そんなゲンキにだまされて」
は、我ながらいい出来だった。

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「やはり遺伝なのか」

息子もマイクを持ってペラペラ話すし、歌も相当好きだ。

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僕がサザンファンで息子がミスチルファンならば
桑田さんと櫻井さんのデュエットソング
「奇跡の地球」を歌うしかない!

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「これこそ、至福の時というのだろう」

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「このサプライズには驚いたナ」

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村上佳菜子ちゃんが僕へのメッセージと
ゲストをブッフェに案内する映像で
会場を沸かせてくれたのだ。

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「結婚式十分に楽しむには、時間が必要なんです」

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クライマックスに向かって
この人はというゲストにインタビューする時間を
ブラスはずっと大切にしてきた。

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新婦の父の笑って泣いての言葉を引き出せたなら
それが一流の司会者の証だ。

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「まさか、息子が手紙を読むとはな〜」

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そして人生初の両家代表あいさつへ。

「涙をグッと堪えようすればするほど
人は泣いてしまうんだな・・・」

若さゆえに息子が幼き頃は未熟な父だったことを
話してまた涙してしまった。

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「まだやるんか〜い」

新郎新婦が退場したと思いきや
東海地方名物の「お菓子まき」をして

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両家にとっての思い出の時間はおひらきだ。

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「この結婚式の担当は温子さんにお願いしたい」

まさに二人に成り代わって、すべてを理解した上で
特別といえば特別の結婚式を仕切り切ってくれた。

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「スタッフのみんなもありがとう!!」

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妹がフルプロデュースした
兄のタキシードと新婦のドレスは
どれもこれも美しかった!

「みゆうも兄への愛を込めて、よくやったね」

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長年共に働いている裏方チームにも最大限の感謝を。

「結婚式って、いいね!」

家族で余韻に浸る時間もまた格別でした。

息子の結婚式 2

「新郎の父として振舞い、心から披露宴を楽しもう」

と、決めてはいたものの
どうしても心の中ではいろいろ気になってしまう。

進行表こそチェックはしなかったけれど
主役にとってもゲストにとっても最高の結婚式になるならば

「父ではなく、社長としてやらねばならんぞ」

余計なことをウェルカムブッフェを楽しみながらも思う。

そうこうしているうちにケーキイベントが始まる。
 
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「まさか、こんなドでかいケーキを発注するとは・・・」

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「かなり驚いたんで、パティシエチームにアッパレだ」

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テラスから自然に主賓席に座ろうとする自分を笑い
「今日は家族席でしょ」と
自分にツッコミを入れて席に着くと
全社員から写真と寄せ書きが貼ってある
アルバムが置いてある。

「みんな、ありがとう!」

もはや自分の結婚式と勘違いしそうだ(笑)

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この日のドレスコードは「ブルー」

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レマンダンサーズと共に入場して

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披露宴が始まる。

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ドレス紹介はビードレッセのプロデューサーであり
新郎の妹でもある河合美憂。

美憂は兄に頼まれて数年前に新婦を紹介したので
正真正銘の恋のキューピットなのだ。

「紹介しておきながら、兄を取られたと嘆くのは
もうやめなさいね」(笑)

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新婦の中座は弟さんと。

ビシッと制服姿で登場してくれたことがうれしい!

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そうなると新郎はふたりの妹と共に中座だ。

「幼い頃から、ホントに仲良し兄妹だな〜」

これもすべて父の教育の成果だね(笑)

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中座後にすかさず父母を呼んで
サッと撮影をしてくれる心遣いはさすがブラス。

細かな積み重ねが最高の結婚式に結びつくと
今さらながらに実感する。

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「妹よ、泣くのは早いぞ」

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「結婚式屋の息子だから、盛大にやります!」

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新郎が最初に宣言した通り、披露宴まだまだ中盤だ。

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「まさか息子の結婚式で、めでたやをやるとはね〜」

結婚式場をつくる前は
この姿でいろんなイベントに出て食いつないでいただけに
この姿は幼い息子に印象的だったのだろう(たぶん)

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「両家のお母さんどうぞ〜」

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「25年以上も活動を共にする同級生のガキちゃんと
先輩たちありがとう!」

最高のパフォーマンスができた。

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「我ながら、変な親子ですね」

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盛大な披露宴にするならば
僕の時代のようにお色直しを何度もするのは必須だ。

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新郎も新婦も中座のエスコートを祖母を指名し
司会者が幼い頃のエピソードを引き出す。

おばあちゃんがこの日をどれだけ楽しみにしていたかを
知っているだけに感慨深い。

続く・・・。

息子の結婚式 1

21歳の時に友人の結婚式で司会者としてデビューした。

それ以来、数えきれないほどの結婚式を見てきた。

若い頃は友人や親族の結婚式にゲストとして招かれ
ブラスの社長になってからは社員の結婚式に
主賓として出席し、たくさんの経験を積んできた。

自分も25歳の時に結婚式をして
新郎の気持ちを十二分に味わい
その時の経験は今も自分の中に息づいている。

どの立場で出席してもチラッと心に思うことは

「自分の子供の結婚式はどんな気持ちになるのかな」

であり、それが現実になった時に
結婚式屋としてまた一つ成長できるとも思ってきた。

それが5月4日に実現したのだ。

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「晴れたらいいな」

2週間ほど前から天気予報を毎日確認するのも親心。

祖母はテルテル坊主をつくっていたらしいし。

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「32歳だから、そりゃ結婚してもらわんとな」

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場所はブルーレマン名古屋。

「当たり前ですが、ウチの会場です」

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「父親に相応しい服装って、なんだ・・・」

いざ自分の番になるとかなり迷った末に
紋付袴で挑むことにした。

「お腹はちょっと苦しいけど、気持ちは引き締まるな」

母親(息子の母ね)の黒留袖姿もなかなかだから
定番の良さを改めて感じる。

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ブラス伝統の「家族対面の時間」は想像以上に緊張した。

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「こんな時、母親は感情を素直に出せていいナ」

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男親は涙をグッとこらえて、カッコつけるもの。

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この貴重な時間を大事にしているブラスを
我ながら誇りに思う。

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これ以上ない春の陽気に恵まれたなら
親族写真をテラスで撮ることを
担当プランナーが決めて実行する。

「相談しなくていい。
新郎新婦に成り代わってプランナーが決めなさい」

ずっと言い続けてきたことを
社長が父だからといって変えることなく
ビシッと仕切る姿勢に心の中で喝采を贈る。

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この日を一番楽しみにしていたのは
おばあちゃん(母の母ね)。

祖母が息子が生まれた時から今日まで
どれほど愛情を注いできたかを知っているだけに
この日を無事に迎えられたことに
感謝の気持ちが沸いてくる。

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そして始まった人前式。

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一つひとつの儀式を父として眺めることができた。

「今日だけは、いろいろと気になっても
あーだこーだと指示しちゃダメですよ」

スタッフから言われたことを素直に聞けたことが
ちょっとうれしい。

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新たな家族写真が河合家のアルバムに加わった。

というのも一か月くらい前に実家からアルバムを取り寄せて
幼い頃の写真を毎日のように見ていた。

「えっ、俺ってこんなにも子供の写真を撮ってたの」

当時はデジタルじゃなくてフィルムにも関わらず
カメラ好きだったこともあり大量の写真が残っていて
それをアルバムにキチンと貼り付けていたのだ。

「意外ににイイ父親だったのかな・・・」

たぶん勘違いだけど想い出の写真を残すことの
素晴らしさを実感したのだった。

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鈴木総料理長が自ら先頭に立ち
この日のメニューを考えてつくってくれた。

まずはテラスでウェルカムブッフェを楽しみ
いよいよ披露宴が始まる。

長くなりそうだからこの辺で続く。

花嫁の父

食品メーカーの営業マンだった若い頃に知り合い
毎日のように一緒に仕事をしていた友人がいる。

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「河合と松浦のコンビといえば
当時の業界ではちょっとした顔だったよね」

「いい意味でも、悪い意味でもね」(笑)

別々の会社に勤めていたのになぜか馬が合い
ふたりでコンビを組んでスーパーの商談に挑んだ日々は
楽しい思い出ばかりだ。

僕も出しゃばりだが、松浦は僕以上の出たがりだから

「娘の結婚式になにをしたらいい」

という相談をずいぶん前から受けていた。

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「まずは映像で娘さんを驚かせよう」

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「有名な「鶏三和」の執行役員なのだから
ここはひとつ、自分で焼き鶏サービスをやるべきだよ」

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新婦の父が自らサービスする姿は
娘さんとゲストの心を打ったに違いない!

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「アッパレ!よくやったな」

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「ま、いろんな場面で、存在感ありすぎだけど・・」(笑)

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「嫌がる娘さんを熱く抱擁した姿は
なかなかいいシーンだったぞ」

花嫁の父の思いはいろいろあれど

「娘の為に、何かをやりたいのです」

そんな父は世の中に大勢いると思う。

「ブラスをそれを、何らかの形で叶える体制が整ってます」

遠慮なく娘さんに内緒で
会場に問い合わせてください!

PS.
そんな僕も、明日は息子の結婚式に親として参列する。

やや大げさだけど、人事を尽くして天命を待つ心境だ。

仕事を忘れて、親としての使命を果たすと決めています。

偉大なる桂由美先生

「日本のウェディングドレスデザイナーで
あなたが知っている人を教えてください」

新卒採用の面接でそんな質問をすることがある。

「桂由美さんです。
あとはすいませんが勉強不足で知りません。」

十中八九その答えが返ってくる。

それは結婚式業界以外の人へ質問しても同じだと思う。

一般の人までもが知っている
唯一無比のドレスデザイナーである
桂由美先生が94歳で亡くなった。

先生は1964年に日本初のドレスサロンを東京で開いた。

ウェディングドレス業界の先駆者であり
女性でありながらこの時代に起業したことも驚きだ。

先生はこの時代に悩みに悩んだと推測する。

「いかにしてウェディングドレスを広めるか。
そして自分のデザインしたドレスを
いかにして結婚式で着てもらうか」

ここで出した結論とその後の行動が
桂由美ブランドを全国に轟かせることになる。

それは企業の競争戦略のお手本ともいえる
他社がそう簡単に真似できない秀逸な戦略ストーリーだ。

(これは競争戦略を分析することが好きな僕の私見です)

だからこそ

「ウェディングドレスといえば、桂由美」

これが50年以上続いている。

先生はドレスデザイナーとして超一流で
起業家としても抜きんでた存在なのだ。

ここからは少し自慢なのだが
僕は先生に褒めてもらったことを密かに誇りに思っている。

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桂由美先生がこの記事を読んで

「そうなのよ、河合さん
これは私が長年願ってきたことなの。
よく言ってくれたわ〜」

と、僕に伝えて下さったのだ。

先生は亡くなる数日前まで現場で仕事をしていて
まだまだやりたいことが沢山あると言っていたと
報道で知った。

「スゴイ!凄すぎる」

77歳まで現役で突っ走ると自慢げに言っている自分が
あまりに甘ちゃんだと恥ずかしくなる。

「先生のあとを継ぐのは俺しかいない」

ドレスデザイナーじゃないからそれは冗談だけど
結婚式愛を最後まで貫き通したその志を
自分は継承するひとりになろうと思ったのだった。

村上佳菜子のフィギュアスケート音楽会

村上佳菜子ちゃんに
「河合さん、ぜひとも来てください」
と、言われたならば
なんとしても馳せ参じなければならない。

「村上佳菜子のフィギュアスケート音楽会」


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場所は東京上野にある東京文化会館。

JR上野駅の公園口の目の前にある
堂々たる音楽専用のホールだ。

土曜日はポカポカ陽気ということもあり
上野動物園に向かうみなさんで大変な混雑だった。

「せっかくだから、パンダを見ようかな」

という気にはまったくならない。

だって、トンデモナイ量の花粉が舞っているから・・・。

こんなにいい天気が逆に恨めしいとは
35年も付き合っているけど改めて花粉症が憎い。

それはともかくこの音楽会は
僕の予想をはるかに上回る最高の演奏会だった!

まずは曲の構成。

フィギュアスケートのレジェンドたちが
オリンピックでメダルを獲得した時の曲の数々を
オーケストラが演奏したのだ。

「そりゃソチ五輪の浅田真央ちゃんの
伝説のフリーを思い出すでしょ!」

日本中をくぎ付けにしたあの演技と
終わった後の涙の表情が音楽と共に蘇る。

そして僕は全く知らなかったのだが
オーケストラを指揮する
田中祐子さんの存在が際立っていた。

「名古屋出身でこんなにもスゴイ指揮者がいたなんて。
トークもメチャクチャ面白いし!」

さらにさらに、我らが村上佳菜子ちゃんの司会っぷりが
ひいき目ではなく、客観的に見ても素晴らしかった!

「佳菜子ちゃん、成長したな〜」(親のような気持ち)

最初のダンスで観客の心をガッチリとつかみ
大ちゃん(高橋大輔くんね)とのやり取りで
笑いを誘うことにより和やかなムードが生まれ
観客が演奏に集中して楽しむ雰囲気をつくったのだ。

「フィギュアとオーケストラの相性は抜群だね〜」

このコンサートの成功により
佳菜子ちゃんの仕事の幅はさらに広がると思う。

「これ以上売れっ子になると困るナ
ブラスミュージックを降板するかも」

そんなセコイ気持ちを抱いた自分にカツを入れつつ
僕もがんばらねばと上野を後にしたのだった。

パンダはまた今度だ。

ニセコ会議 2024

北海道のニセコにいる。

経営者の大先輩たちが
世界的な有名な「ダボス会議」並みの
「ニセコ会議」をつくろうと奔走し
第一回の開催にこぎつけたのだ。

幸運にも招待を受けたので、喜んでニセコにやって来た。

それは正直なところ半分嘘で、体調がやや不良なことと
あまり知らない経営者たちと三泊四日の経営合宿は
ちょっと苦痛かもと及び腰の自分がいた。

(いつもEO仲間に囲まれて、ヌクヌクしているから)

そんな時は自分にカツを入れるのではなく
「誘われたなら、のってみる」という自分の信条と
仮に勉強会や懇親会がつまらなくとも
「ニコニコして我慢するだけじゃないか」を
長年の経験で学んだからだ。

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「人は旅と本と人からしか学べない」

それを信じるなら、その三つが揃っている
北海道合宿は大いなる学びがあった。

様々な分野でグローバルに打って出る
魅力的な経営者とも知り合えた。

午前は共にゲレンデを滑走することで
より親密になれたし。

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ちなみにニセコのスキー場は外国人が70〜80%いる。

ホテルでもレストランでも英語が飛び交い
日本語が通じないスタッフもたくさんいる。

「なぜ、ニセコが世界ブランドになったのか」

それをニセコの町長から直々に聞き
その秘密というより一歩一歩進んできた道のりを
聞くことができた。

「終わってみれば、いい旅だったナ 」

週末に奮闘したであろうブラスメンバーにも
いいお土産もできました。
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